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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)2078号 判決

控訴人(原告) ロレアル

被控訴人(被告) リアル化学株式会社

原審 東京地方昭和五三年(ワ)第九八九九号(昭和五四年八月二二日判決、一一巻二号四一五頁参照)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人が当審において追加した請求を棄却する。

控訴費用及び追加の請求に係る訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

控訴人は、

「原判決を取消す。被控訴人は、化粧品の容器、カタログ、宣伝用パンフレツト、広告に原判決添付第一目録(編注、一一巻二号四二五頁)記載の標章を附して、譲渡し、引渡し、又は譲渡もしくは引渡しのために展示してはならない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」

との判決を求め、これが認められない場合について、当審において請求を追加して、

「被控訴人は、化粧品の容器、カタログ、宣伝用パンフレツト、広告に別紙第四目録記載の標章を附して、譲渡し、引渡し、又は譲渡もしくは引渡しのために展示してはならない。」

との判決を求めた。

被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次に記載するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

(控訴人)

一  原審よりの請求について

商標法第二条第一項の規定によれば、商標とは「文字、図形もしくは記号もしくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合」であるから、「文字」と「図形」を結合させて標章を構成することもできるし、右における「文字」と「図形」を別々の標章とすることもでき、また、「文字」についても、いくつかの文字を結合して標章とすることができると共に、その中の一つの単位をもつて標章とすることもできるのである。

ところで、被控訴人は原判決第三目録(同上、四二七頁)(一)ないし(五)の標章を使用しているところ、これらの各標章はいずれも被控訴人の英文商号、「REAL CHEMICAL CO., LTD.」の頭部に原判決第二目録(同上、四二六頁)(一)の図形(被控訴人標章)を結合させたものであり、右英文表示の要部は「REAL」にあり、商標類否の判定においては要部観察が許されているのであるから、被控訴人の使用する標章は原判決第一目録(同上、四二五頁)記載の標章(イ号標章)であるとみて差支えない。

二  追加の請求について

仮に、被控訴人は原判決第一目録(同上、四二五頁)記載の標章(イ号標章)を使用しているとの事実が認められないとしても、被控訴人は別紙第四目録記載の標章(以下「ロ号標章」という。)を、従前イ号標章について主張しているのと同様の態様で使用している。

そして、ロ号標章は本件登録商標と類似の標章である。すなわち、

1 商標の類否は、商標の要部について検討され、そこに類似性が肯定されるときは類似の商標と認められるところ、ロ号標章中の英文商号部分の要部は「REAL」にあるから、これをもつて類否判断の対象とすることができる。

2 したがつて、ロ号標章は、図案化されたRの文字を円形で囲んでなる図形(原判決第二目録(同上、四二六頁)(一)の図形)を「REAL」の頭部に冠してなるものとして本件登録商標との類否判断の対象とすることができるのであり、一方、本件登録商標は「L′ORÉ

さらに、称呼においては、本件登録商標中の「L′」は冠詞部分であるから、これをはずして読むと「オレアル」であり、ロ号標章も「オレアル」の称呼を生ずること従前の主張のとおりであるから、この点から見ても、両者は類似するものである。

被控訴人がロ号標章を使用する行為は、控訴人の営業活動と混同を生ぜしめるものであり、控訴人の営業上の利益を害するおそれがある。

よつて、被控訴人に対し、一の請求が認められない場合には、商標法第三六条第一項又は不正競争防止法第一条第一項第二号の規定に基づき、ロ号標章の使用の差止めを求める。

(被控訴人)

一  控訴人の主張一について

商標法第二条第一項の規定は、商標登録の対象になる表現を限定した規定であつて、その余の表現方法としては、音、光線、身体的動作等多数ありうるが、これらが商標登録を受けうる対象外のものであることを示しているに過ぎず、控訴人主張のごとき法意は含まれていない。

被控訴人英文商号部分は、商法第一七条、薬事法第六一条に定める商号の表示を英文でしているものであつて、このうち「CHEMICAL CO., LTD.」の部分を除外して観察することは許されない。

また、商標は商標使用者がその構成を決定し、採択するものであつて、世間一般は商標使用者の使用する商標を受容して、これに依存した上での客観的把握をすべきものであり、商標使用者の使用する商標からかけ離れた他の商標を作出して、その作出した商標が右商標使用者の使用する商標なりとして観察することは許されないことである。

二  控訴人の主張二について

その主張事実はすべて否認する。

もつとも、被控訴人としては、自社の英文商号を、その頭部に被控訴人標章(原判決第二目録(同上、四二六頁)(一)の標章)を付して表示していることはあるが(その表示の態様は検乙第一号証のとおり)、これは商号のみとしての使用であつて標章として使用しているものではない。

仮に、被控訴人がロ号標章を使用していると認定されることがあつたとしても、本件登録商標とロ号標章とは、外観、称呼、観念のいずれにおいても類似しない非類似の標章である。すなわち、

1 控訴人のいう要部観察なるものは、元来、具体的商標、商号の比較をするに当り、両者の区別をする手段ではなく、共通部分を求める手段であるに過ぎないから、これを区別手段に用いることは誤りである。

2 本件登録商標は、その構成からみて誰にでもフランス語の表示として認識されるものであり、最初の「L′」の文字にはアポストロフ(apostrophe)が付されており、「L′」は次位置の文字が母音のときは必ずこれと結合して発音され、「E」は必ず「エ」の発音を生ずる定めであるから、本件登録商標から生ずる称呼は「ロレアル」である。

これに対し、ロ号標章の構成は別紙第四目録記載のとおりであるから、これから本件登録商標の称呼に類似する称呼の生ずる余地はない。被控訴人の英文商号のうち、「REAL」の部分が「リアル」と称呼されることは原判決事実摘示の項に記載のとおりである。

3 本件登録商標とロ号標章とが外観において非類似であることはそれぞれの構成からみて明らかであり、観念においても非類似であることは、原判決事実摘示の項において、本件登録商標とイ号標章とについて記載されているところと同様である。

第三証拠関係〈省略〉

理由

第一一の請求について

当裁判所も、控訴人の一の請求は理由がなく、失当として棄却すべきものと判断するが、その理由は、次に付加するほか、原判決理由の項の記載と同一であるからこれをここに引用する。

控訴人は、商標法第二条第一項の規定を指摘して、被控訴人の原判決第三目録(編注、一一巻二号四二七頁)(一)ないし(五)標章の使用態様はイ号標章の使用にほかならない旨主張する。

しかしながら、商標法第二条第一項の規定は、同法にいう「商標」の定義、すなわち、右法条の規定に該当するものでなければ同法にいう「商標」に当たらないとの旨を規定したものであつて、この規定があるからといつて、現に存在する特定の商標が、そのうちのある「文字」と「図形」、「ある単位の文字」、「ある単位の文字と図形」等に分割又は結合されうべきものではない。商標とはなにかという商標の定義ないし一つの商標のうち看者の注意を特にひく部分(要部)がどこかということと、いかなる商標が現に使用されているか、とは別異の問題であつて、後者は現に存在する事実に対する認識の問題である。そして、一つの商標に二つ以上の要部があるとしても、それに応じ、二以上の商標の使用がされるというわけのものではない。

当裁判所も、原判決第三目録(同上、四二七頁)(一)ないし(五)の標章の使用はイ号標章の使用とは認められないので、控訴人の右主張は採用できない。

第二追加の請求について

一  原判決理由の項に掲記の甲第三号証、乙第一、第二号証、検甲第一号証、検乙第一号証によれば、被控訴人は昭和五二年頃から化粧品の容器、カタログ、宣伝用パンフレツトにロ号標章を使用していることが認められる。

被控訴人は、右の使用は商号表示としての使用であつて標章としての使用ではないというが、右各証拠によれば、それを標章の使用というに妨げないものと認められるから、被控訴人の右主張は採用できない。

二  控訴人は、商標類否の判断に当つては要部観察が許されるのであり、この要部観察によれば、本件登録商標とロ号標章とは外観及び称呼において類似する類似の標章である、と主張する。

1  本件登録商標が原判決添付商標公報記載(同上、四二八頁)のとおりの構成のものであることは当事者間に争いがない。これによれば、本件登録商標はフランス語の「L′ORÉ

これに対し、ロ号標章は、別紙第四目録記載のとおりのもので、被控訴人の英文商号「REAL CHEMICAL CO., LTD.」を横書きにしたものの頭部に被控訴人標章(原判決第二目録(同上、四二六頁)(一)の標章)を結合したものと認められるから、両者が外観において類似しないことは明らかである。

控訴人は、要部観察をすれば、本件登録商標の要部は、冠詞部分の「L′」を除外した「OREAL」であり、ロ号標章は、被控訴人標章「」と被控訴人英文商号中の「REAL」の部分が結合した「OREAL」であり、両者とともに「O」の文字は他の文字に比して大きく書かれているから、両者は外観上類似するというのであるが、本件登録商標の前記構成からみれば、外観上、そのうちの「OREAL」の部分のみが特に世人の注意をひき易いとは認められないし、他方、ロ号標章中の被控訴人英文商号部分の要部は「REAL」にあり、その頭部に付せられている被控訴人標章は、原判決理由の項に記載と同一の理由によつて、一つの図形として被控訴人英文商号とは別個のものと認めるのが相当であるところ、控訴人のいう要部観察をしてみても、両者は、「L′ORÉREAL」の部分をもつて対比するほかはないのであるから、これが類似するものでないことは明らかであり、控訴人の右主張は失当である。

2(一)  控訴人は、本件登録商標からは「ロレアル」、ロ号標章からは「オレアル」の各称呼が生ずるから、両者は称呼において類似するものである、という。

本件登録商標から「ロレアル」の称呼が生ずることは当事者間に争いがない。

しかしながら、ロ号標章は、要部観察をしてみても、前叙のとおり「REAL」の部分をもつて対比するほかはなく、「」は一つの図形として「REAL」の文字部分とは別個のものと認められるから、それから生ずる称呼は「リアル」であり、「オレアル」の称呼が生ずることはないと認めるのが相当である。そして、「ロレアル」の称呼と「リアル」の称呼とが明確に区別されて彼此混同を生ずるおそれのないことは経験則上明らかであるから、控訴人の右主張は理由がない。

(二)  次に、控訴人は、本件登録商標からは「オレアル」の称呼を生じ、ロ号標章からも「オレアル」の称呼を生ずるから、両者は称呼において類似するものである、という。

しかしながら、ロ号標章から「オレアル」の称呼が生ずるとは認められないこと前叙のとおりであるから、仮に本件登録商標から控訴人主張のように「オレアル」の称呼が生ずることがあるとしても、前叙のとおりロ号標章から生ずる「リアル」の称呼と右「オレアル」の称呼とが明確に区別されて彼此混同を生ずるおそれのないことは経験則上明らかである。控訴人の右主張も理由がない。

3  結局、本件登録商標とロ号標章とが類似の標章であるという控訴人の主張はすべて理由がない。

三  そうすれば、控訴人の追加の請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから、失当として棄却すべきものである。

第三結語

以上の次第で、控訴人の本件控訴及び当審において追加した請求は理由がないので、いずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九五条、第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒木秀一 藤井俊彦 杉山伸顕)

別紙

第四目録

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